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社会鍼灸学研究会《The Forum of Social Science of Acupuncture and Moxibustion》

第18回社会鍼灸学研究会2023

 太平洋戦争終結後、日本の占領政策を司るGHQは、その存続の意義を表明できなければ鍼灸を廃止すべきとの勧告を出した。鍼灸界の著名者をはじめ、盲人・晴眼者の別なく当時の鍼灸師たちはこの勧告に反発し、石川日出鶴丸ら近代西洋医学のアカデミストは自然科学的弁明を携え、全国的に「鍼灸存続」を訴えた。

 この運動を受け、日本政府の意向もあり、結果的に鍼灸廃止は免れ得たが、当時の鍼灸界は「社会的に明示できる意義がなければ潰される」という恐怖に震撼したことだろう。この経験は、鍼灸の作用機序を科学的に解明し、近代西洋医学と比して遜色のない医療にしようという「鍼灸の自然科学化」の大きなモチベーションになったと考えられる。

 鍼灸の自然科学的研究は医師の手により太平洋戦争(大東亜戦争・第二次世界大戦)以前から続けられていたが戦後も命脈を繋ぎ、1980年代からは鍼灸師がその担い手となり、現在も日本鍼灸の一つのストリームを成している。マスメディアでの露出でも、「自然科学的解明」を持って東洋医学のポテンシャルを紹介する手法は定着している。

 一方で、1971年に中国より発信された鍼麻酔は近代化した国々に驚きをもって捉えられ、1970年代の日本にも「鍼灸ブーム」が起こり、若い世代が鍼灸師を目指す契機となった。

 折しも学生運動が敗北に終わり、共産主義や社会主義思想の埋火が残る中で、東洋思想やエコロジーに傾倒するヒッピームーブメントなどのカウンターカルチャーに没入し、現行の社会や制度を否とする若者たちが現れた頃である。鍼灸を目指した者たちにもその影響はあったかもしれない。ここでの鍼灸には「制度的医学である近代西洋医学に対するカウンター医学」という刻印を帯びていた。

 こうした自然科学的指向性や社会の変化に依らず、古典に基づいた鍼灸は脈々と受け継がれており、その継承者の多くは、自然科学化により鍼灸が近代西洋医学に肩を並べることへ興味を示すことはなく、時にはむしろ、自然科学化に対して否定的であり、作用機序の自然科学的解明を待たずしても鍼灸は近代西洋医学より優れた治療法であるという主張を続けてきた。その声量は僅かに小さくなったかとも思われるが、今なお「鍼灸は近代西洋医学を凌駕する」という主張は日本鍼灸界に存在する。

 1990年代から2000年代にかけ、特定病因論や細胞病理学説で治療し得ない疾患の増加による近代西洋医学の行き詰まりや医療費の高騰に対して、欧米では伝統医学をはじめとする補完・代替医療を国家規模で研究し始め、近代西洋医学とそれ以外の医学体系による治療法との一体的運用スキームが、統合医療という言葉で登場した。

 近代西洋医学とそれ以外の治療が互いの不得手をカバーし合うことで、患者に対してベストの治療を行えるとすれば医療の射程が飛躍的に延びることが期待されるが、現在の日本の医療制度においては、その土俵は病院・診療所という近代西洋医学のテリトリーである。鍼灸師もその中にエントリーしなければならない。近年の学術界も含めた鍼灸界の医鍼連携の模索は、近代西洋医学のフィールドに如何に鍼灸が入っていけるのかという道筋の模索でもあり、鍼灸師も近代西洋医学のテリトリーにエントリーしなければならないとする考え方である。

 しかし、「相手のフィールドに入る」ということは独自性の喪失と表裏である。近代西洋医学と対等に、その手の届かぬ課題を解決すると期待された補完・代替医療が近代西洋医学に包摂されていくのではないかという危惧は、現実味を帯びることとなる。

 では、包摂された鍼灸は、その存在ゆえに患者治療が可能であった自らの特異性を、維持できるだろうか。

 明治政府が『医制』により近代西洋医学を国家の正統医学として以来、日本の伝統医学は常に近代西洋医学を意識しなくてはならない立場にある。そして、終戦により欧米化が急激に進んだ日本において、伝統医学である鍼灸も近代西洋医学の存在を無視して存在することはできない。

 日本の鍼灸師はこの約80年間、近代西洋医学にどのような眼差しを向けて来たのだろうか。そして、医鍼連携の模索はこれからの日本鍼灸にどのような影響を与えるのだろうか。

 今年は、さまざまな立場の鍼灸師が近代西洋医学をどのように見ているのかを探ることから、これからの日本鍼灸を考えたい。

 他者への眼差しは、自らへの眼差しをも明らかにする。鍼灸師は鍼灸をどのようなものと捉えているのかという問いも含みながら。

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