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社会鍼灸学研究会《The Forum of Social Science of Acupuncture and Moxibustion》

第16回社会鍼灸学研究会概要

今年の社会鍼灸学研究会の概要を下記にお知らせします。
10月14日までの申し込み締め切りとなっています。
お申し込みがまだの方は、お知らせの詳細を確認の上、お手続ください。

テーマ:「持続可能な社会と鍼灸」

17世紀~20世紀を概観すると、17世紀の心身二元論、身体機械論、科学革命により、人類は科学技術を発展させ、18世紀の人間機械論、18世紀半ば~19世紀の産業革命以降に産業を工業化し、旺盛な交易により交通と通信網を発達させ、物質的豊かさを享受するようになり、それと共に、世界の人口は急激に増加し、国や地域の時間的距離を短縮させることになった。その一方で、19世紀~20世紀は、幾多の戦争が勃発した時期であり、国民国家である近代国家の国家体制が成立する時期であった。

また、18世紀半ばに起こった産業革命以降から今日に至るまでの期間は、人類が地球環境や生態系、気候や地質に重大な影響を及ぼす様になった新たな地質時代であり、人新世(じんしんせい、Anthropocene)と呼ばれている。これら17世紀~20世紀の時代背景の下に、近代医療は成立し、目覚ましい発展を遂げた。この時期の人口動態と社会形態は、現在の超少子・高齢・人口減少・独身社会の日本の現状とは真逆の、多子・若齢・人口増大・皆婚社会であり、大量生産・大量消費を基盤とする消費社会である。近代医療は、この人口動態と社会形態の上に成立し、発展した。

近代国家の成立と人新世において、人類の経済活動と人口は拡大・成長し、近代医療が成立・発展する一方で、地球の自然環境や生態系は破壊され、深刻な環境問題となっている。季節外れの台風やゲリラ豪雨による河川の氾濫や土石流などの水害をはじめ、多発する自然災害は、産業の工業化に伴う二酸化炭素排出による地球温暖化の気候変動に起因することが、多くの科学的根拠に基づき示されている。また、地球の自然環境に存在しないプラスチック製品の廃棄物から成るマイクロ・プラスチックによる海洋プラスチック汚染が地球の自然環境や生態系破壊の原因となっている。世界自然保護基金(WWF)は、現在、人類は毎週1枚のクレジットカードに相当するプラスチック(約5g)を水道水やペットボトルの飲料水、食品から摂取していることを報告し、健康被害が危惧されている。さらに、都市化の進展により人口は密集し、開発のために森林は伐採され、人類は普段接触しない自然動物と接触するようになり、自然動物から感染する未知の細菌や新型ウイルスによる新興感染症に罹患する機会が増えた。新興感染症は、交通網の発達により、短期間に世界中へ拡散するようになり、約100年前のスペイン風邪以来の世界的な新興感染症となったCOVID-19は、人命的にも経済的にも全世界に甚大な被害をもたらし、今日に至っている。

医療現場では、人間中心による人道主義の見地から、人命救助が至上命令である。人命救助に医療経済学的資源(医療従事者などの人的資源や医薬品・医療機器などの物的資源)の投入量が問題にされることはあっても、どれ程の環境経済学的資源(酸素、淡水、木材、バイオマスなどの再生可能資源や化石燃料、鉱物資源などの枯渇性資源)が投入され、地球の自然環境や生態系破壊に繋がっているかなどは、現在の処、問題にされることはない。そのため、医療従事者の多くは、地球の自然環境や生態系破壊に係る環境問題に余り興味を示さない。しかし、地球の生態系の一部である人類は、地球の生態系から完全に逸脱して存在することはできない。今後の宇宙開発の動向次第で変わる可能性はあるが、地球上で人類が生きる限り、あくまでも地球環境の許容範囲内でしか人類の生は保てない。現在、二酸化炭素削減や生物多様性の保障、石油や石炭などの化石燃料の枯渇や原子力の安全性の不安から、太陽光・熱、風力、潮力、地熱などの自然エネルギー(再生可能エネルギー)などの代替エネルギーの利活用が世界的に注目され、二酸化炭素削減やゼロ・エミッションに繋がる産業振興や二酸化炭素排出権の金融取引など、各国では経済的にも地球環境的にも「持続可能な社会」を目指した検討と模索が行われており、国際連合(UN)では「持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)」が策定されている。医療においても、何れそれ自体の持続可能性が問われる時代が到来しようとしている。それは、近代医療だけではなく、鍼灸を含む伝統医療も同様である。

「一人の生命は地球より重い」と言った時の日本政府は、その数か月後、老人医療費を値上げした。人間中心による人道主義において「人命救助」や「患者のため」は甘美に響くが、最大多数の最大幸福による功利主義の国民国家である近代国家の国家体制では、トリアージや医療費支払い能力などで「人命」や「患者」は優先順位が付けられ、有限の医療資源や社会保障費は実利的に配分されるのが現実である。何れにせよ、「持続可能な社会」では、人間中心による人道主義と地球の自然環境や生態系破壊に係る環境問題は対峙する。それは、近代医療だけではなく、鍼灸を含む伝統医療も同様である。「持続可能な社会における鍼灸」を問うことは、鍼灸は環境的である(地球の自然環境や生態系破壊に係る環境問題とは対峙しない)か否かを問うことであり、鍼灸の未来を展望するには避けては通れない課題であり、鍼灸の新たな存在意義を見出すフロンティアである。

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